【神社紹介】湯倉神社とは?湯の川温泉の歴史と御祭神・境内の見どころを解説

北海道函館市の湯の川温泉に鎮座する湯倉神社(ゆくらじんじゃ)。

古くから温泉の守り神として親しまれ、湯の川温泉の発祥と深い関わりを持つ神社です。

その歴史は室町時代にさかのぼると伝えられ、現在も地域の人々の信仰を集めています。

この記事では、湯倉神社の御祭神や歴史、境内の見どころなどを、日本神話とのつながりにも触れながら紹介します。

基本情報

・所在地
北海道函館市湯川町2丁目28-1

・創建
元和3年(1617年)には薬師如来が祀られていたと伝えられています。
温泉の発見にまつわる伝説は享徳2年(1453年)頃にさかのぼります。

・御祭神
大己貴神(おおなむちのかみ)
少彦名神(すくなひこなのかみ)
倉稲魂神(うがのみたまのかみ)

・社格
旧村社

・本殿様式
流造(ながれづくり)

湯倉神社は、北海道の代表的な温泉地である湯の川温泉の発祥と深い関わりを持つ神社です。

現在も温泉街の鎮守として信仰を集めており、地域の人々だけでなく、函館を訪れる多くの参拝者に親しまれています。

湯倉神社の御祭神とご利益

湯倉神社には、大己貴神、少彦名神、倉稲魂神の三柱が祀られています。

なかでも大己貴神と少彦名神は、日本神話において協力して国造りを進めた神々です。

国土を整えるだけでなく、人々の暮らしに必要な知恵をもたらしたとされ、医薬や温泉に関わる神様としても信仰されてきました。

大己貴神(おおなむちのかみ)

大己貴神は、大国主命(おおくにぬしのみこと)の別名として知られる神様です。

『古事記』では、若き大国主命が傷ついたうさぎを助ける「因幡の白うさぎ」の物語が語られています。

兄神たちに誤った手当てを教えられ、苦しんでいたうさぎに対して、大国主命は正しい方法を伝え、その傷を癒やしました。

この物語は、大国主命の優しさや慈愛を伝える神話として広く知られています。

また、大己貴神は少彦名神と協力して国造りを進めた神様であり、国土経営や医薬、産業などに関わる信仰を持っています。

現在では縁結びの神様としても親しまれ、さまざまな願いを託す人々から崇敬されています。

湯倉神社の境内にある「なでうさぎ」も、この因幡の白うさぎの神話に由来しています。

少彦名神(すくなひこなのかみ)

少彦名神は、大己貴神とともに国造りを進めた神様です。

『古事記』では、神産巣日神(かみむすひのかみ)の御子として登場し、小さな身体で海の彼方からやって来た神として描かれています。

大己貴神と協力して国土を整え、人々や家畜の病を治す方法などを定めたと伝えられており、医薬の神様として広く信仰されてきました。

また、温泉や酒造りにも関わる神様として知られています。

日本各地の温泉地には、少彦名神を祀る神社が見られます。湯倉神社でも、温泉によって病が癒えたという由緒と、少彦名神の信仰が深く結びついています。

倉稲魂神(うがのみたまのかみ)

倉稲魂神は、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)とも表記され、稲荷信仰と深い関わりを持つ神様です。

『古事記』では、須佐之男命と神大市比売の間に生まれた神として登場します。

穀物や食物の豊かさを司る神様として信仰され、五穀豊穣や商売繁盛、産業発展などの御神徳で知られています。

湯倉神社では、明治43年(1910年)に地域の稲荷神社などが合祀されており、温泉や医薬の信仰に加えて、日々の暮らしや産業を守る信仰も受け継がれています。

湯倉神社の主なご利益

湯倉神社では、御祭神の神話や信仰から、特に健康や医薬、温泉に関わる御神徳が大切にされています。

主なご利益として知られているのは、

  • 病気平癒・健康長寿
  • 縁結び・夫婦和合
  • 家内安全・安産・子育て
  • 商売繁盛・五穀豊穣
  • 厄除開運・交通安全

などです。

なかでも、温泉によって病が癒えたという神社の由緒は、湯倉神社の信仰を理解するうえで重要なものとなっています。

湯倉神社の歴史と由緒

湯倉神社の起源は、室町時代の享徳2年(1453年)頃にさかのぼると伝えられています。

ある日、一人のきこりが山仕事から帰る途中、現在の湯倉神社付近にあった沼沢地で、湯気が立ち上っているのを発見しました。

近づいて手を入れてみると、そこには温かい湯が湧き出していました。

その後、きこりは病気になり、腕の関節の痛みに悩まされるようになります。
以前発見した湧き湯を思い出して湯治を行ったところ、ほどなくして病が癒えたといいます。

きこりは感謝の気持ちを込めて薬師如来の像を刻み、小さな祠を建てて祀りました。

これが、神社に伝わる湯倉神社と湯の川温泉の始まりと伝えられています。

一方、江戸時代の松前藩による調査では、元和3年(1617年)頃にはすでにこの地に薬師如来が祀られていたとされています。

湯倉神社の歴史で特に重要なのが、松前藩主の病気平癒にまつわる故事です。

承応2年(1653年)、後に松前藩主となる千勝丸(松前高広)が重い病にかかりました。

母である清涼院が息子の回復を願っていたところ、ある夜、夢の中で「松前の東に病に効く温泉がある」というお告げを受けたと伝えられています。

清涼院は家臣に温泉を探させ、発見された湯の川の温泉で千勝丸を湯治させました。
すると、病は回復し、千勝丸は健康を取り戻したといいます。

この出来事に感謝した清涼院は、翌承応3年(1654年)、社殿を整え、黄金の薬師如来像を安置しました。
さらに、唐金製の鰐口(わにくち)を奉納したと伝えられています。

鰐口とは、寺社の建物に吊るされる金属製の道具で、参拝の際に鳴らすものです。

このとき奉納された鰐口は現在も湯倉神社の社宝として伝えられており、松前藩との関わりを示す貴重な歴史資料となっています。

幕末の箱館戦争では、旧幕府軍を率いた榎本武揚が、傷病兵を湯の川温泉で療養させたとも伝えられています。

温泉は戦乱の時代にも、人々の身体を休める場所として利用されていたのです。

明治9年(1876年)には村社に列格され、翌年には現在の「湯倉神社」という名称になりました。

その後も社殿や境内の整備が進められ、昭和16年(1941年)には現在の流造の社殿が造営されました。

湯倉神社の歴史は、単に温泉の近くに神社が建てられたというものではありません。

温泉によって病が癒えたことへの感謝から始まり、松前藩との関わりや地域の発展を経て、現在まで人々の祈りが受け継がれてきた歴史なのです。

湯倉神社の祭事と伝統

温泉感謝祭
湯倉神社では、毎年6月10日に温泉感謝祭が行われています。

この行事は、湯の川温泉の恵みに感謝し、温泉地の安全や繁栄を祈るものです。

境内にある「湯川温泉発祥之地碑」の前でも祭事が行われ、温泉と神社の深いつながりを現在に伝えています。

かつての人々にとって、地中から自然に湧き出す温かい湯は、身体を癒やしてくれる貴重な恵みでした。

湯倉神社に伝わるきこりの伝説や、松前藩主の湯治の故事にも、温泉への感謝が込められています。

温泉感謝祭は、そうした思いを現代に受け継ぐ大切な行事といえるでしょう。

例大祭と松前神楽
湯倉神社では、毎年9月に例大祭が行われます。

例大祭は神社にとって特に重要な祭事であり、湯倉神社では宵宮祭、本祭、神輿渡御などが行われ、地域の人々でにぎわいます。

また、湯倉神社には道南地域の伝統芸能である「松前神楽」も伝わっています。

松前神楽は、江戸時代の松前藩と深い関わりを持ちながら発展した神事芸能で、国の重要無形民俗文化財に指定されています。

舞や音楽を通して神々への祈りや感謝を表すもので、北海道南部の神社文化を理解するうえでも重要な伝統です。

湯倉神社では、温泉への感謝を伝える祭事と、地域に受け継がれてきた神事芸能の両方を通して、今も人々の信仰が守られています。

湯倉神社の見どころ・境内の雰囲気

流造の社殿

現在の社殿は、昭和16年(1941年)に造営されたものです。

神社建築の代表的な様式のひとつである「流造」で建てられており、屋根の前方が長く伸びた形を特徴としています。

なでうさぎ(神兎)

湯倉神社を代表する見どころのひとつが「なでうさぎ」です。

平成26年(2014年)、創建360年を記念して設置されたもので、御祭神である大己貴神と「因幡の白うさぎ」の神話にちなんでいます。

大己貴神は、神話の中で傷ついたうさぎを助けた神様です。

開運小槌

境内には、大己貴神にちなんだ「開運小槌」もあります。

大己貴神は大国主命として知られる一方、福の神である大黒様とも結びつけられて信仰されてきました。

大黒様が持つ打ち出の小槌は、福や豊かさを象徴するものです。

湯倉神社の開運小槌も、開運招福や心願成就、健康長寿などを祈願する場所として親しまれています。

樹齢約370年の御神木

湯倉神社の御神木は、北海道では「オンコ」とも呼ばれるイチイの木です。

樹齢は約370年といわれ、函館市の保存樹にも指定されています。

松前藩主の湯治が伝えられる江戸時代から現在に至るまで、長い年月を生きてきた古木です。

竹林の白うさぎ

湯倉神社には、なでうさぎのほかにも、うさぎをモチーフにした縁起物があります。

竹林の中には白い玉砂利で表現されたうさぎもあり、境内に静かで落ち着いた雰囲気をつくり出しています。

こうした意匠からも、湯倉神社では「因幡の白うさぎ」の神話が大切にされていることがわかります。

豊受稲荷神社と日吉神社

境内には、豊受稲荷神社と日吉神社も鎮座しています。

豊受稲荷神社は、古くから湯川地区の衣食住や産業を守る神社として信仰されてきました。赤い鳥居が連なる参道が特徴で、商売繁盛や五穀豊穣などの御神徳で知られています。

日吉神社は、明治初期頃に地域の開拓に携わった人々が、滋賀県の日吉大社から分霊を迎えたことに始まると伝えられています。

その後、道路の整備に伴って現在の湯倉神社の境内へ移されました。

温泉の守り神としての信仰だけでなく、地域の開拓や産業に関わる神々も祀られていることが、湯倉神社の特徴です。

湯倉神社の御朱印・おみくじ・お守り

湯倉神社では、御祭神の神話や函館の地域文化を取り入れた、さまざまな授与品が用意されています。

御朱印
湯倉神社の御朱印には、社名が記された通常の御朱印のほか、季節の風景やうさぎなどをあしらった切り絵御朱印などがあります。

時期によって異なるデザインが登場することもあり、参拝の記念として親しまれています。

イカすおみくじ

函館ならではのおみくじとして知られているのが、「イカすおみくじ」です。

函館名物のイカをかたどった張り子のおみくじで、備え付けの釣り竿を使って釣り上げるというユニークな方法で引くことができます。

北海道各地の神社で展開されている「えぞみくじ」のひとつで、おみくじには北海道の方言も使われています。

御神縁御守・癒守

湯倉神社では、願い事に合わせて組み合わせを選べる「御神縁御守」や、北海道の方言を名前に取り入れた「なまらあずましい癒守」なども授与されています。

「なまらあずましい」とは、北海道の言葉で「とても居心地がよい」という意味です。

癒守には、穏やかで心地よい日々を願う思いが込められています。

御朱印やおみくじ、お守りの種類は時期によって変わることがあります。希望する授与品がある場合は、参拝前に公式サイトで確認するとよいでしょう。
▶ 湯倉神社公式サイト

湯倉神社の祈祷と参拝案内

湯倉神社では、厄除けや家内安全、交通安全、安産祈願、七五三など、さまざまなご祈祷が行われています。

特に、医薬や温泉に関わる神々を祀る神社として、健康や病気平癒を願う参拝にも親しまれています。

ご祈祷は通常の参拝とは異なり、神職による祝詞奏上などを通して、神様に願いを伝えるものです。

受付方法や初穂料、所要時間などは祈祷の内容によって異なる場合があるため、希望する方は事前に公式サイトなどで確認しましょう。

また、湯倉神社は温泉街に位置しているため、函館観光や湯の川温泉での宿泊とあわせて参拝しやすい神社です。

湯倉神社へのアクセス

所在地
北海道函館市湯川町2丁目28-1

電車の場合
函館市電「湯の川」電停から徒歩約1分。

函館空港から
車で約10分。

JR函館駅から
車で約15分。市電を利用する場合は約30分。

駐車場
参拝者用の無料駐車場があります(約80台)。

公式サイト
https://www.yukurajinja.or.jp/

例大祭や年末年始などの時期には、通常とは交通状況や駐車場の利用方法が異なる場合があります。

アクセスや参拝に関する最新情報は、公式サイトで確認してください。

まとめ

湯倉神社は、北海道函館市の湯の川温泉に鎮座する歴史ある神社です。

その始まりには、一人のきこりが温泉を発見し、病が癒えたことへの感謝から薬師如来を祀ったという伝説があります。

江戸時代には、松前藩主の病が湯治によって回復したと伝えられ、温泉への感謝を込めて社殿が整えられました。

現在祀られている大己貴神と少彦名神は、日本神話において協力して国造りを進めた神々であり、医薬や温泉に関わる信仰を持っています。

境内には「因幡の白うさぎ」の神話にちなんだ「なでうさぎ」や「開運小槌」、長い歴史を伝える御神木など、さまざまな見どころがあります。

また、温泉感謝祭や例大祭などを通して、湯の川温泉と地域の人々の信仰が現在も受け継がれています。

湯倉神社を訪れる際には、境内の見どころだけでなく、温泉の発見伝説や御祭神の神話にも目を向けてみてください。

湯の川温泉が長く人々に親しまれてきた背景には、自然の恵みに感謝し、健康や暮らしの安寧を願ってきた人々の祈りがあることを感じられるのではないでしょうか。

国造りの神々と温泉の信仰をたどる

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