少名毘古那神とともに国をつくり、その別れのあとには大物主大神を御諸山に祀った大国主命。
長い試練を越え、葦原中国は大国主命のもとで形を整えていました。
しかし、その国を見つめていた神々がいました。
はるか天上、高天原の神々です。
地上を誰が治めるのか。
その問いをめぐって、高天原から最初の使者が遣わされます。
ここから、大国主命が築いた国をめぐる「国譲り」の物語が始まります。
最初の使者 ― 天穂日命

高天原から見下ろす葦原中国。
そこには、大国主命によって築かれた地上の国が広がっていました。
天照大御神は、この国を自らの御子が治めるべき国と考えます。
そこで高御産巣日神とともに、天上の神々へ問いかけました。
「葦原中国へ遣わすならば、誰がよいだろうか」
神々が選んだのは、天穂日命(アメノホヒノミコト)でした。
天照大御神の御子の一柱です。
天穂日命は高天原を離れ、大国主命の治める葦原中国へと降りました。
その役目は、地上の国を高天原へ従わせること。
ところが、一年、二年。
そして、三年。
高天原に天穂日命からの知らせが届くことはありませんでした。
高天原では、再び神々が集まります。
このまま待ち続けるわけにはいきません。
もう一柱、葦原中国へ神を遣わす必要がありました。
二人目の使者 ― 天若日子

「次に遣わすべき神は、誰か」
高天原の神々が選んだのは、天若日子(アメノワカヒコ)でした。
天若日子には、葦原中国へ向かうにあたって、天之麻迦古弓(あめのまかこゆみ)と天之波波矢(あめのははや)が授けられました。
弓と矢を携え、天若日子は高天原から地上へ降ります。
今度こそ、葦原中国から報告が届くはずでした。
しかし、天若日子も戻りません。
地上へ降りた天若日子は、大国主命の娘である下照比売(シタテルヒメ)を妻としました。
そして、いつしか自らが葦原中国を治めようと考えるようになります。
高天原から与えられた使命は、果たされないまま。
一年が過ぎます。
二年、三年。
それでも、天若日子からの知らせはありません。
さらに時は流れ、八年。
天若日子が葦原中国へ降りてから、八年もの歳月が経っていました。
高天原の神々は、ついに動きます。
八年目に遣わされた雉
天照大御神と高御産巣日神は、再び神々へ問いかけました。
「天若日子を遣わして八年になる。それでも復命しない。誰を遣わして、その理由を尋ねればよいだろうか」
そこで選ばれたのが、雉の鳴女(ナキメ)でした。
鳴女は高天原を飛び立ち、葦原中国へ降ります。
そして、天若日子の家の門に立つ木の上へ止まりました。
天から託された言葉を、そのまま告げます。

天若日子よ。
お前を葦原中国へ遣わして八年になる。
なぜ、いまだに復命しないのか。
その声を聞いていた者がいました。
天若日子に仕えていた天佐具売(アメノサグメ)です。
天佐具売は天若日子へ言いました。
「あの鳥の鳴き声は、とても不吉です。射殺してしまいなさい。」
天若日子は、地上へ降るときに授けられた天之麻迦古弓と天之波波矢を手に取りました。
狙うのは、木の上に止まる鳴女。
弓を引き絞ります。
そして、矢を放ちました。
放たれた矢は鳴女の胸を貫きます。
しかし、その勢いは止まりません。
鳴女を射抜いた矢は、そのまま天へ昇っていきました。
天から返された矢
高天原まで飛んできた一本の矢。
それを受け取ったのは、高御産巣日神でした。
矢には、血がついています。
そして、その矢は間違いなく、天若日子へ授けた天之波波矢でした。
高御産巣日神は神々にその矢を見せ、告げます。

もし天若日子が命に背かず、悪しき神を射たのであれば、この矢は天若日子に当たるな。
そして続けます。

もし邪心を抱いているのであれば、この矢に当たれ。
高御産巣日神は、その矢を地上へ投げ返しました。
天から放たれた矢は、来た道をたどるように葦原中国へ落ちていきます。
その頃、天若日子は朝の床で眠っていました。
矢は家の屋根を貫き、その胸を射抜きます。
天若日子は、そのまま命を落としました。
高天原から授けられた矢。
鳴女を射抜いたその一本が、天から返され、最後には自らの命を奪ったのです。
天若日子を弔う喪屋

天若日子の死を知り、妻の下照比売は泣き悲しみました。
その声は風に乗り、天上にまで届きます。
知らせを聞いた天若日子の父・天津国玉神(アマツクニタマノカミ)と、その妻子たちは地上へ降りました。
亡くなった天若日子のために喪屋を建て、八日八夜にわたって弔いが行われます。
そこへ、一柱の神が訪れました。
阿遅志貴高日子根神(アヂシキタカヒコネノカミ)。
大国主命の御子であり、天若日子と親しかった神です。
ところが、阿遅志貴高日子根神の姿を見た天若日子の父や妻は驚きました。
その姿が、亡くなった天若日子とあまりにもよく似ていたのです。
「天若日子は生きていた!」
そう言って、阿遅志貴高日子根神の手足にすがりつきます。
しかし、阿遅志貴高日子根神は怒りました。
「友だからこそ弔いに来たのだ。それなのに、私を死人と同じだというのか」
阿遅志貴高日子根神は身につけていた剣を抜き、天若日子の喪屋を切り倒します。
そして、そのまま蹴り飛ばしてしまいました。
切り倒された喪屋は遠くへ飛び、美濃国の藍見川の河上にある喪山になったと伝えられています。
二人目の使者、天若日子。
その使命もまた、果たされることはありませんでした。
二人の使者、その先へ
最初に遣わされた天穂日命は、大国主命に従い、高天原へ戻りませんでした。
次に遣わされた天若日子は、下照比売を妻とし、自らが葦原中国を治めようとしました。
そして八年後。
天から授けられた矢によって、その命を落とします。
二度の派遣。
二度の失敗。
高天原は、別の方法を選ばなければなりませんでした。
これまでのように、使者を送り、その返事を待つだけでは終わらない。
次に葦原中国へ遣わされる神。
その名は、建御雷神(タケミカヅチノカミ)。
舞台は、出雲の伊那佐之小浜へ。
大国主命が築いた国をめぐる物語は、ついに直接の対峙へと進みます。
次回予告

二人の使者は、どちらも高天原へ戻りませんでした。
そしてついに、建御雷神が葦原中国へ遣わされます。
次回、稲佐の浜の戦い ~ 建御雷神と建御名方神、国がゆずられた夜
神話の流れをたどる
・【前回物語】少名毘古那神と大国主命 ~ 「小さな神」と始まった大きな国づくり
少名毘古那神とともに葦原中国をつくり固めた大国主命。少名毘古那神との別れを経て、大物主大神を祀り、国づくりを進めます。
・【次の物語】稲佐の浜の戦い ~ 建御雷神と建御名方神、国がゆずられた夜
二人の使者による派遣が果たされなかったことで、高天原はついに建御雷神を葦原中国へ遣わします。出雲の地で、大国主命が築いた国の行方を決める国譲りが始まります。
この物語に登場した神々
・【神様図鑑】大国主命 ~ 国を創り、そして手放した“調和の王”
天穂日命と天若日子が遣わされた葦原中国を治める神。国づくりを成し遂げた大国主命の物語は、ここから国譲りへと向かいます。


