奈良県大和郡山市に鎮座する矢田坐久志玉比古神社(やたにいますくしたまひこじんじゃ)は、古代神話と現代の航空信仰が結びついた、全国でも非常に珍しい神社です。
御祭神として祀られているのは、天磐船(あめのいわふね)に乗って天から降臨したと伝わる櫛玉饒速日命(くしたまにぎはやひのみこと)と、その妃神とされる御炊屋姫神(みかしやひめのかみ)です。
神話では、饒速日命が天磐船から三本の矢を放ち、そのうち二本目が落ちた場所が現在の神社周辺であったと伝えられています。この伝承は「矢田」という地名の由来になったともいわれ、境内には現在も「二之矢塚」が残されています。
また、「空を飛ぶ船」である天磐船の神話にちなみ、近代以降は航空祖神として航空関係者から篤く崇敬されるようになりました。楼門には旧日本陸軍戦闘機のプロペラが掲げられ、毎年9月には航空祭も執り行われています。
古代神話から現代へと続く信仰の歴史を今に伝える、神話巡礼には欠かせない一社です。
※本記事は神社の歴史や文化を紹介するものであり、ご利益を保証するものではありません。
基本情報

・所在地
奈良県大和郡山市矢田町965
・創建
創建年代は明らかではありませんが、『延喜式』神名帳に記載される式内社であり、古くから大和を代表する神社の一つとして信仰されてきました。
・主祭神
櫛玉饒速日命(くしたまにぎはやひのみこと)
御炊屋姫神(みかしやひめのかみ)
・社格
式内社(延喜式内社)
・文化財
本殿(重要文化財)
末社八幡神社本殿(重要文化財)
御祭神とご利益
◆櫛玉饒速日命(くしたまにぎはやひのみこと)
櫛玉饒速日命は、日本神話において天磐船に乗って天から降臨した神として伝えられています。
地域によっては、天照大御神と櫛玉饒速日命は同一神と考えられている説もあるようです。
『先代旧事本紀』では、神武天皇の東征よりも前に河内へ降り立ち、その後、大和へ入ったとされています。物部氏の祖神としても知られ、日本古代史において非常に重要な存在です。
矢田坐久志玉比古神社では、この「空を飛ぶ天磐船」の神話から、近代以降「航空祖神」として広く崇敬されるようになりました。
現在でも航空関係者や航空自衛隊関係者が安全祈願に訪れる神社として知られています。
一般的に信仰されている神徳
- 航空安全
- 交通安全
- 開運招福
- 技術向上
- 新たな道を切り開く力
これらは、古くからの神話と現代の信仰が重なりながら受け継がれてきたものです。
◆御炊屋姫神(みかしやひめのかみ)
御炊屋姫神は、饒速日命の妃神として祀られています。
「御炊屋(みかしや)」とは神事において神様へ供える食事を調える場所を意味するとされ、古代祭祀との深い関わりがうかがえる神名です。
また、日本書紀に登場する三炊屋媛(みかしきやひめ)との関係が指摘されることもあり、大和地方における祭祀王女としての伝承と結び付けて考察されることがあります。
ただし、この同一視については複数の説があり、現在も研究が続けられています。
一般的に信仰されている神徳
- 家庭円満
- 五穀豊穣
- 家内安全
- 祭祀の守護
神話と歴史の両面から見ても、饒速日命とともに大和の祭祀文化を支えた神として大切に受け継がれてきました。
歴史と由緒
矢田坐久志玉比古神社の歴史は、日本神話に語られる饒速日命の降臨伝承から始まります。
式内社として古くから朝廷にも認められてきた由緒ある神社ですが、その最大の特徴は、古代神話と現代の航空信仰が一つの流れとして受け継がれていることにあります。
天磐船で大和へ降り立った饒速日命
祭神である櫛玉饒速日命は、『先代旧事本紀』などにおいて、神武天皇の東征よりも前に天から降臨した神として伝えられています。
その際に乗っていたとされるのが、「天磐船(あめのいわふね)」です。
天磐船は、空を自在に飛ぶ神聖な乗り物として描かれ、日本神話の中でも非常に神秘的な存在の一つです。
饒速日命はこの天磐船に乗り、まず河内国の哮峯(いかるがのみね)へ降臨した後、大和へ入り、この地で人々を治めたと伝えられています。
こうした神話は、日本神話における「天から地上へ神が降る」という天孫降臨の思想とも重なり、饒速日命が古代大和において重要な役割を担った神であることを物語っています。
三本の矢と「矢田」の地名
矢田坐久志玉比古神社には、神話と土地の名前が結び付いた興味深い伝承が残されています。
饒速日命は、大和へ降臨した際、自らの神威を示すために三本の矢を天から放ったと伝えられています。
そのうち二本目の矢が落ちた場所が現在の神社周辺であり、この出来事から「矢が落ちた田」という意味で「矢田」と呼ばれるようになったとも伝えられています。
そのため、矢田坐久志玉比古神社は「矢落神社(やおちじんじゃ)」という別名でも知られています。
神話の出来事がそのまま地名や神社の由来として語り継がれている点は、この神社ならではの魅力といえるでしょう。
神話を今に伝える「二之矢塚」
楼門をくぐると、境内には「二之矢塚」と呼ばれる史跡があります。
ここは、饒速日命が放った三本の矢のうち、二本目が落ちた場所と伝えられています。
現在では静かな境内の一角に佇んでいますが、この場所に立つと、古代の人々が神話を単なる物語ではなく、この土地に実際に起こった出来事として受け止めていたことが感じられます。
神話と土地が深く結び付いていることを実感できる、矢田坐久志玉比古神社を代表する見どころの一つです。
航空祖神として受け継がれる信仰
矢田坐久志玉比古神社が全国でも特に知られる理由が、「航空祖神」としての信仰です。
その由来は、饒速日命が天磐船に乗って天から降臨したという神話にあります。
近代になると、この「空を飛ぶ神」の伝承が航空技術の発展と重なり、航空関係者の間で安全を祈願する神社として広く知られるようになりました。
現在でも航空自衛隊関係者や航空業界に携わる人々が参拝に訪れ、航空安全や技術の発展を祈願しています。
拝殿には、航空自衛隊の育ての親とも称される源田実氏が奉納した「航空祖神」の扁額が掲げられています。
また、楼門には戦前の中島飛行機製「陸軍九一式戦闘機」の木製プロペラが奉納されており、古代神話と現代航空史が一つの神社で結び付いている様子を見ることができます。
このように、矢田坐久志玉比古神社は神話を現在まで受け継ぎ、新たな時代の信仰へと発展させてきた、全国でも極めて珍しい神社なのです。
祭事と伝統
◆航空祭
矢田坐久志玉比古神社を代表する祭事が、毎年9月20日の「航空祭」です。
この日は「空の日」にあたり、航空関係者や航空自衛隊関係者など、多くの人々が航空安全を祈願して参拝します。
神話に登場する天磐船の伝承を背景に、現代の航空文化と結び付いた祭りが行われている神社は全国でもほとんどありません。
古代の神話が、時代を超えて現代の祈りへと受け継がれていることを象徴する祭事といえるでしょう。
見どころ・境内の雰囲気
矢田坐久志玉比古神社の境内は、豊かな自然に囲まれた静かな空間です。
古代神話の舞台でありながら、近代航空史を感じさせる遺構も残されており、日本神話と現代の歴史が調和する独特の雰囲気を味わうことができます。
・楼門に掲げられた巨大なプロペラ

参拝者を最初に驚かせるのが、楼門(桜門)に掲げられた大きな木製プロペラです。
これは、第二次世界大戦前に中島飛行機で製造された「陸軍九一式戦闘機」のプロペラで、航空関係者によって奉納されました。
プロペラには、昭和18年(1943年)に大日本飛行協会副会長・堀丈夫陸軍中将が揮毫した「神徳」「赫奕(かくえき)」の文字が刻まれています。
「赫奕」とは、「光り輝く」「鮮やかに輝く」という意味を持つ言葉で、航空の安全と発展への願いが込められていると伝えられています。
神社の楼門に航空機のプロペラが奉納されている例は全国的にも珍しく、航空祖神として信仰されてきた歴史を象徴する存在です。
・神話を今に伝える「二之矢塚」

境内には、「二之矢塚」と呼ばれる史跡があります。
ここは、饒速日命が天磐船から放った三本の矢のうち、二本目が落ちた場所と伝えられています。
静かな木々に囲まれたこの場所は、神話の世界が今も土地に息づいていることを感じさせてくれます。
神話を知ったうえで訪れると、単なる史跡ではなく、古代の人々が大切に守り伝えてきた聖地であることが実感できるでしょう。
・室町時代の本殿(重要文化財)

現在の本殿は、室町時代中期に建立されたと考えられており、国の重要文化財に指定されています。
流造(ながれづくり)の美しい社殿は、長い年月を経てもなお端正な姿を保ち、古社としての風格を感じさせます。
派手な装飾はありませんが、落ち着いた佇まいの中に歴史の重みが感じられ、神話の舞台にふさわしい神聖な空気が漂っています。
・末社・八幡神社本殿(重要文化財)
境内に鎮座する末社・八幡神社本殿も、国の重要文化財に指定されています。
こちらも室町時代中期の建築とされ、一間社流造・檜皮葺という当時の建築様式を今に伝える貴重な社殿です。
主祭神を祀る本殿とあわせて参拝することで、この神社が長い歴史の中で地域の人々に守られてきたことを感じられます。
・神紋と神馬

矢田坐久志玉比古神社では、「矢尻付き違い矢」を神紋としています。
これは、饒速日命が放った三本の矢の伝承に由来するとされ、神社の歴史や地名とも深く結び付いています。
境内には、この神紋を冠した勇壮な神馬像も置かれており、神社の象徴の一つとなっています。
参拝の際には、こうした細かな意匠にも目を向けることで、神話と信仰が現在まで受け継がれてきたことをより深く感じられるでしょう。
祈祷と参拝案内
矢田坐久志玉比古神社では、厄除けや家内安全、交通安全などの各種ご祈祷を受けることができます。
また、航空祖神として知られることから、航空安全や飛行の安全を願う参拝者も多く訪れています。
祈祷の受付時間や初穂料、授与品などは変更される場合がありますので、参拝前には神社公式の案内をご確認ください。
▶矢田坐久志玉比古神社(大和郡山市観光協会公式ウェブサイト)
御朱印も授与されており、饒速日命ゆかりの神社として参拝の記念に受ける方も少なくありません。
アクセス
・所在地
奈良県大和郡山市矢田町965
・電車・バス
近鉄郡山駅から奈良交通バス「泉原町」行きに乗車し、「横山口」バス停で下車。
バス停から徒歩約6分です。
・車
無料駐車場があります(普通車約10台)。
まとめ
矢田坐久志玉比古神社は、櫛玉饒速日命と御炊屋姫神を祀る由緒ある式内社です。
天磐船による降臨伝承や三本の矢の神話は、この地の名前や境内に残る史跡として今も語り継がれています。
さらに近代以降は、その神話が「航空祖神」という新たな信仰へと発展し、航空関係者からも篤く崇敬される全国でも珍しい神社となりました。
神話、歴史、そして現代の信仰が一つにつながるこの神社は、日本文化の奥深さを感じられる特別な場所です。
饒速日命や大和の神話に興味がある方はもちろん、奈良を訪れる際にはぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。
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