迫害され、二度の死を経験しながらも、母の導きによって根の国へ旅立った大国主命。
そこでスサノオの試練をすべて乗り越え、神宝と妻となった須勢理毘売命(スセリビメ)を得て地上へ戻った。
傷つきながらも立ち上がるその姿は、“国づくりの王”へと生まれ変わる序章となった。
海の彼方から来た、小さな神

大国主命が根の国から戻り、八十神を退けて新たな国づくりに着手していた頃。
ある日、海の向こうから 一隻の小さな船が近づいてきました。
それは、人が乗るにはあまりにも小さな、掌に乗るほどの天の羅摩船(かがみぶね)。
波間に揺れながら現れたその船に立っていたのは、米粒ほどの小さな神でした。
しかし、その瞳は深い知恵を宿し、その存在はただ小さいだけではありません。

あなたは、いずこから…?
小さな神は胸を張って名乗りました。
「我は少名毘古那神(スクナビコナ)、神産巣日神(カミムスビ)の御子である。」
神産巣日神の名を聞いたとき、大国主命は胸が熱くなりました。
彼を二度も蘇らせた、あの大いなる神。
その御子が、今、目の前に立っている。
そして少名毘古那神は続けました。

我は、兄弟の契りを結ぶために来た。
こうして、大国主命と少名毘古那神、 “最強のコンビ”が誕生したのです。
二柱の国づくり ― 瑞穂国の夜明け

大国主命は、強く、優しく、懐の深い神でした。
少名毘古那神は、小さい身体に想像もつかない知恵を備えた神でした。
ふたりは出会ったその日から、まるで長く連れ添った相棒のように息を合わせて国づくりに励みました。
■ 医療の知恵を広げる
因幡の白兎を治療した大国主命の優しさと、少名毘古那神の医学と禁厭(まじない)の技が合わさり、人々は病やケガに怯える必要がなくなりました。
■ 農耕と産業の発展
稲作を広め、山や川の恵みをどのように生かすかを定めました。
豊葦原の瑞穂国(とよあしはらのみずほのくに)は名の通り、黄金が波打つ豊かな国へと成長します。
■ まじない・家畜の飼育
少名毘古那神はまじないの力や、 薬草、家畜を育てる方法まで教えました。
まさに生活のすべてが、この二柱によって整えられていったのです。
突然の別れ ― 海の彼方へ帰る神
にぎやかで、力強く、輝いていた国づくりの日々。
しかしその季節は、思いがけず終わりを迎えます。
ある日、海原の向こうから誰かが少名毘古那神を呼ぶ声がしました。
その声は、人ではない、神の世界から響く呼び声。

どこへ行かれるのです…?

我はここまでだ。
お前は、この国を完成させる大いなる王となる。
そう言うと、少名毘古那神はひらりと手を振って、光のように海の彼方へ消えていきました。
小さな背中が見えなくなるまで、大国主命は立ち尽くしていました。
相棒の去ったあと、国を築き続けるのは彼ひとり。
大国主命の胸には、静かで大きな覚悟が生まれようとしていました。
少名毘古那神が去りしあと ― 大物主の来訪

少名毘古那神が海の彼方へ消えたあと、大国主命はしばらく、深い静けさの中に立ち尽くしていました。
国づくりの最良の相棒が消えたあとに残るのは、胸の奥に沈んだ寂しさ…
これからひとりで国を担わねばならないという重圧でした。
その夜のことです…
出雲の大地がほの暗く、昼とは違う相を見せ始めたころ。
ふいに、風がざわりと動きました。
「大国主よ。」
声は、大地の底から響くように聞こえました。
その音は、威圧ではなく、すべてを包み込むような、深い響きを持っていました。
大国主命が振り返ると、そこには 光をまとい立つ一柱の神が現れていました。
その姿は人の形をしているようで、どこか山の影のようでもあり、大地そのものが言葉を発しているかのようでした。
大物主大神(おおものぬしのおおかみ)
古(いにしえ)から国を支える“国魂”のような存在であり、後に大国主命の「和魂(にぎみたま)」と同一視される神です。

あなたは……どなたですか?

我はこの国を守り、導く者。
お前が心をひとりで抱え込む必要はない。
その声は、少名毘古那神が残していった温もりとは別の、ゆるぎない柱のような力を持っていました。

この国を完成させるには、まだ足りぬ。
お前ひとりでは届かぬところを、
我が共に成そう。
大国主命は目を見開きました。
国を失いかけ、仲間を失い、心が折れそうになっていたその時…
“国そのものを司る神”がまるで手を差し伸べるように現れたのです。

まず、我を祀れ。
その地は三輪山のふもと。
我を祀るならば、この国は安らぎ、人は豊かに暮らせるであろう。
この言葉が、後に奈良にある大神神社(おおみわじんじゃ)へとつながります。

どうか…力を貸してください。
この国のゆくえを、共につくってください。

お前はまだ進まねばならぬ。
この国の未来も、まだ揺れている。
だが“譲るべき時”は必ず訪れる。
それを恐れるな。
その言葉は、大国主命にとって“覚悟を育てるための予兆”とも感じられました。
やがて大物主の姿は、風に溶けるように、静かに消えていきました。
大国主命は夜空を見上げ、小さく息を吸い込みました。
「この国は、必ず守る。どのような運命が待とうとも。」
そして翌朝、彼は再び国づくりへ足を進め始めました。
これが、“天つ神との大いなる交渉”へと進む前の、最後の静かな夜の物語です。
おまけ:二柱のほほえましい逸話
播磨国風土記には、この二柱が一緒に旅をしていたときの、少しコミカルなエピソードが残されています。
大国主命と少名毘古那神は、「重い粘土を背負って歩く」のと「大便や尿意を我慢して歩く」のと、どちらがつらいかを競う“我慢比べ”をしたのです。
数日が経ち、大国主命がついに生理現象に耐えきれず負けを認めると、少名毘古那神は「実は、私も苦しかったのです…」と笑いながら粘土を放り投げました。
そのとき投げられた粘土(埴)が「埴岡(はにおか)」という丘になり、後にその粘土は土器造りに最適だと応神天皇に評価されたと伝えられています。
このたわいのない遊びから新たな価値が生まれたことは、まさに少名毘古那神らしい一面だといえるでしょう。
国づくりの大英雄にも、このようなかわいらしい姿があったのだと思うと、ふっと和む貴重な一幕ですね。
次回予告

天から雲を割って降り立つ、武神・建御雷神。
その神が告げるのは“国を譲れ”という天上の命。
大国主命の決断が、日本神話最大の政治ドラマを動かしていきます。


