現在、多くの神社で奏上されている大祓詞は「現行版」と呼ばれるものです。
しかし、かつてはその前身にあたる 旧大祓詞(きゅうおおはらえことば) が唱えられていました。
この旧大祓詞には、現在のものには含まれていない
「天つ罪・国つ罪」の具体的な記述が存在します。
それは、誰かを裁いたり責めたりするための言葉ではなく、自然や人の心の 調和が乱れた状態を正しく見つめるための言葉でした。
古代の祓いは、恐れでも、罰でもなく、「本来の清らかさにもどるための循環」でした。
その思想が、旧大祓詞にはそのまま息づいています。
旧大祓詞の原文
それでは、旧大祓詞の全文をご紹介していきます。
「罪」の部分は後程解説します。
それ以外の現代語訳に関しては、【大祓詞】の記事をご覧ください。
【第一章 皇御孫神の降臨】
高天原に神留坐す。
皇親神漏岐神漏美之命以て。
八百万神等を神集へ集へ賜ひ。
神議に議り賜ひて。
我が皇御孫之命は
豊葦原の水穂之国を安国と平けく所知食と事依し奉りき。
如此依し奉りし国中に荒振神等をば。
神問しに問し賜ひ
神掃ひに掃賜て。
語問し磐根樹立ち。
草の垣葉をも語止て。
天之磐座放ち。
天之八重雲を伊豆の千別に千別て。
天降し依し奉りき。
【第二章 皇御孫神の統治と罪の発生】
如此依し奉りし四方之国中と。
大倭日高見之国を。
安国と定め奉りて。
下津磐根に宮柱太敷立。
高天原に千木高知りて。
皇御孫之命の美頭の御舎仕へ奉りて。
天之御蔭日御蔭と隠り坐して。
安国と平けく。
所知食さむ国中に。
成出でむ天之益人等が。
過ち犯しけむ雑々の罪事は。
『天津罪と。畦放ち。溝埋め。樋放ち。頻蒔き。串刺し。生剥ぎ。逆剥ぎ。屎戸へ。許々太久の罪つみを。天津罪と宣別けて。
国津罪とは。生膚断ち。死膚断ち。白人。胡久美。己が母犯せる罪。己が子犯せる罪。母と子と犯せる罪。子と母と犯せる罪。畜犯せる罪。昆虫の災。高津神の災。高津鳥の災。畜倒し。蟲物為る罪。』
許々太久の罪出でむ。
【第三章 大祓の実施】
如此出でば天津宮事以ちて。
天津金木を本打切り末切断ちて。
千座の置座に置足はして。
天津菅曽を。
本刈断ち末刈切りて。
八針に取辟きて。
天津祝詞祓清太詞秘辞を宣れ。
如此宣らば。
天津神は。
天之磐門を押披きて天之八重雲を。
伊豆の千別に千別て所聞食む。
地津神は。
高山之末。
短山之末に上坐して。
高山之伊保理。
短山之伊保理を掻別けて所聞食さむ。
【第四章 罪が消えるまでの経緯】
如此所聞食しては。
罪と云ふ罪は在じと。
科戸之風の天之八重雲を吹放つ事の如く。
朝之御霧。
夕御霧を。
朝風夕風の吹掃ふ事の如く。
大津辺に居る大船を。
舳解き放ち艫解き放ちて。
大海原に押し放つ事の如く。
彼方の繁木が本を。
焼鎌の敏鎌以ちて。
打ち掃ふ事の如く。
遺る罪は在じと祓ひ給ひ清め給ふ事を。
高山之末短山之末より。
佐久那太理に落多支つ。
速川の瀬に坐す瀬織津比賣と云ふ神。
大海原に持出でなむ。
如此持出で往ば。
荒塩之塩の八百道の八塩道の塩の八百会に坐す。
速開都比賣と云ふ神。
持ち可可呑みてむ。
如此可可呑みてば。
気吹戸に坐す。
気吹戸主と云ふ神。
根之国底之国に気吹放ちてむ。
如此気吹放ちてば根之国底之国に坐す。
速佐須良比賣と云ふ神。
持ち佐須良比失ひてむ。
如此失ひてば今日より始めて罪と云ふ罪は在らじと。
祓ひ給ひ清め給ふ事を。
天津神地津神。
祓戸之神等共に所聞食せと。
畏み畏みも白す。
大祓詞に込められた「罪」の考え方

旧大祓詞における「罪」は、現代の「道徳的な悪」の概念とは異なります。
古代において「罪」とは、
- 気が濁っていること
- 生命の流れが滞っていること
- 自然や人との調和が乱れた状態
を指していました。
ですので、祓いとは自分や誰かを罰することではなく、心と世界のリズムを整えていく行為でした。
一度、呼吸を深く整えるように。
必要なときに、静かに澄んだ水が流れはじめるように。
祓いは、やさしい調律だったのです。
天津罪(あまつつみ)とは
天津罪は、天つ神(あまつかみ)=天の世界に関わる罪。
自然の秩序や、社会全体の循環を乱す行為として示されています。
| 罪名 | 読み方 | 意味・背景 |
|---|---|---|
| 畦放 | あはなち | 田畑の畔(あぜ)を壊して水の流れを乱すこと。自然の循環を破壊する行為。 |
| 溝埋 | みぞうめ | 水路を塞ぎ、灌漑や排水の流れを妨げること。共同体の調和を乱す。 |
| 樋放 | ひはなち | 用水の樋(とい)を勝手に外し、水の分配を乱す。利己的な行為の象徴。 |
| 頻蒔 | しきまき | 一つの土地に同じ作物を繰り返し植えること。自然の再生力を奪う。 |
| 串刺 | くしさし | 生き物を残虐に扱うこと。生命への敬意を欠く行為。 |
| 生剥 | いきはぎ | 生きたまま皮を剥ぐ行為。命を冒涜する残酷さの象徴。 |
| 逆剥 | さかはぎ | 亡骸(なきがら)の皮を逆に剥ぐこと。死者の霊を乱す行為。 |
| 屎戸 | くそへ | 不浄を人の住む場所に投げ入れること。清浄と穢れの境界を壊す。 |
| 許々太久の罪 | ここだくのつみ | 「これらの様々な罪」という総称。すべての乱れを含む意味を持つ。 |
天津罪は、自然・社会・神々の秩序を乱す行為を指します。
つまり、人間の行いが天の摂理から外れてしまったときに生じる“ゆがみ”です。
国津罪(くにつつみ)とは
国津罪は、国つ神(くにつかみ)=地上の世界に関わる罪です。
人の生命、血脈、死、そして心の在り方に関わる乱れを示しています。
| 罪名 | 読み方 | 意味・背景 |
|---|---|---|
| 生膚断 | いきはだだち | 生きている人の肌を傷つけること。暴力・殺傷など生命の冒涜。 |
| 死膚断 | しにはだだち | 死者の体を切ること。死穢に触れる禁忌を意味する。 |
| 白人・胡久美 | しらひと・こくみ | 死者を隠す、または正しく葬らないこと。死の穢れを蔓延させる。 |
| 己が母犯せる罪 | おのがははをおかせるつみ | 母と交わる。生命の流れを逆行させる行為。 |
| 己が子犯せる罪 | おのがこをおかせるつみ | 子と交わる。血脈の秩序を乱す禁忌。 |
| 母と子と犯せる罪 | ははとことおかせるつみ | 親子の関係を壊す行為。 |
| 子と母と犯せる罪 | ことははとおかせるつみ | 同上。生命の循環を濁らせる象徴。 |
| 畜犯罪 | けものをおかせるつみ | 畜(けもの)と交わる。種の秩序の破壊。 |
| 昆虫の災 | はふむしのわざわい | 害虫による被害や、それを招く怠慢。自然との不調和。 |
| 高津神の災 | たかつかみのわざわい | 天候・雷・風水害など、天の怒りとしての災厄。 |
| 高津鳥の災 | たかつとりのわざわい | 鳥害や自然からの警告現象。 |
| 畜倒し | けものたおし | 家畜の大量死。自然界からの警鐘。 |
| 蟲物為罪 | まじものせるつみ | 呪詛・まじないなど、他人を害する意図を持つ行為。 |
| 許々太久の罪 | ここだくのつみ | 「これらの諸々の罪をまとめて」という締めの言葉。 |
国津罪は、人間社会・生命・心の秩序を乱す行為を意味します。
つまり、天の秩序に対する天津罪に対し、人の秩序に関わる乱れが国津罪なのです。
祓戸四神と「浄化の流れ」

旧大祓詞には、浄化を司る 祓戸四神(はらえどのししん) が登場します。
| 神名 | 役割 | 象徴する働き |
| 瀬織津比売(せおりつひめ) | 穢れを速川の瀬から大海原へ流し出す | 流動と解放 |
| 速開都比売(はやあきつひめ) | 大海原で流されてきた穢れをすべて飲み込む | 包容と浄化 |
| 気吹戸主(いぶきどぬし) | 穢れを根の国・底の国へ息吹で吹き放つ | 呼吸と循環 |
| 速佐須良比売(はやさすらひめ) | 穢れを漂わせて失わせ、完全に消滅させる | 離縁と再生 |
この流れは、心の中でも再現されます。
「流す → 受け入れる → 吐き出す → 手放す」
旧大祓詞は、外側の儀式であると同時に、内側の浄化のプロセス でもあります。
なぜこの祝詞は“消えた”のか
明治以降、社会や宗教制度の変化により、
旧大祓詞の「罪」の具体表現は省略されました。
ただ、それは “失われた”のではなく、
必要な時を待って、静かに保たれてきたとも言えます。
今、もう一度旧大祓詞に触れることは、
忘れられた祓いの知恵を現代に取り戻す時間ともなります。
現代に旧大祓詞を活かすということ
祓いは特別な儀式ではなく、日常の中にあります。
- 深呼吸をする
- 水に触れる
- 風を通す
- 心を静める
これらはすべて、祓戸四神の働きと一致します。
旧大祓詞は、その心のあり方を 思い出させてくれる言霊 です。
最後に
祓いとは、「清らかな状態に戻すこと」
旧大祓詞は、その原点を静かに教えてくれます。
“心が曇った時は、澄んだ水のように戻ればいい。
”そう思えるだけで、今日が少し軽くなります。
次回予告

大祓で“清め”を学んだ後は、いよいよ 水のエネルギーを動かす祝詞 へ。
次回は、古来より雨・水・流れを司る存在として人々に深く信仰されてきた 「龍神祝詞」 を解説します。
龍が動けば、運も巡り出す。
その言霊の力を、次の記事で紐解いていきます。
祝詞をより深く学びたい方へ
今回ご紹介した「大祓詞(おおはらえのことば)」をはじめ、古来より伝わるさまざまな祝詞をより深く知りたい方には、こちらの一冊をおすすめします。
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祝詞だけではなく、般若心経や不動明王のお経なども載っています。
神道の精神性に触れる入門書としても最適。
日々の祓い、感謝の祈り、そして神々とのつながりをより深く感じたい方に、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。


