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神産み(後編) ―黄泉の国で愛と禁忌の物語

神話の知識

国産みを終えた伊邪那岐命と伊邪那美命は、山や川、木や草といった自然神を次々と生み出していきました。

しかし、最後に火の神・火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を産んだことで、伊邪那美命は大きな火傷を負い、この世を去ることになってしまいました…

※本記事は、特定の信仰や解釈を断定するものではなく、日本神話や神社文化を理解するための参考情報としてまとめています。

怒りの剣が生んだ神々

伊邪那美命の死

最愛の妻、伊邪那美命を失った伊邪那岐命は、嘆き悲しみました。

けれど、悲しみはやがて怒りへと変わりました。
「この苦しみの元は、我が子、火之迦具土神にある!」

怒りに駆られた伊邪那岐命は、十拳剣(とつかのつるぎ)を振り下ろし、カグツチを斬り伏せました。

すると、その血が岩に滴り、飛び散るたびに新たな神々が誕生していきます。

剣の先についた血からは、岩を砕く力を象徴する石拆神(いわさくのかみ)

根を裂き通す力を持つ根拆神(ねさくのかみ)

鋭い角のように突き立つ石筒之男神(いわつつのおのかみ)

剣の柄に流れた血からは、燃え盛る太陽のような甕速日神(みかはやひのかみ)

雷鳴と剣を司る樋速日神(ひはやひのかみ)

そして恐るべき武神、建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)

さらに、剣の元に滴った血からは、川を支配する闇淤加美神(くらおかみのかみ)

水源を守る闇御津羽神(くらみつはのかみ)が生まれました。

こうして、怒りと殺戮の中からも、山を裂き、大地を砕き、雷鳴を轟かせ、川を流す力強い神々が次々と生まれたのです。

死と破壊から命が芽吹く。
まさに、創造と破壊は表裏一体であることが示される場面です。

伊邪那美命を追って

伊邪那岐命は、深い絶望に沈み続けました。

涙は川のように溢れ、嘆きの声は高天原にも響き渡ります。

伊邪那岐命
伊邪那岐命

どうして……どうして私を置いて行ったのだ。

耐えがたい喪失に心を引き裂かれた伊邪那岐命は、ついに決意します。
「黄泉の国へ行こう。たとえ禁じられた地であっても、もう一度、彼女に会うために…」

再会と禁忌

再会と禁忌

暗く淀んだ坂…

黄泉比良坂(よもつひらさか)を下りた先、彼は伊邪那美命のいる黄泉の国の館に辿り着きます。

扉越しに声をかけると、懐かしい妻の声が返ってきました。

伊邪那美命
伊邪那美命

あなた……来てくださったのですね。

伊邪那岐命は必死に訴えます。

伊邪那岐命
伊邪那岐命

我らが築いた国はまだ未完成だ。
戻ってきてほしい。

しかし、伊邪那美命の答えは冷たくも悲しいものでした。

伊邪那美命
伊邪那美命

私はもう黄泉の国の食べ物を口にしてしまいました。
戻ることはできないのです。

それでも愛する夫のために、伊邪那美命は約束をします。

伊邪那美命
伊邪那美命

黄泉の神に頼んでみましょう。
その間、決して私の姿を覗かないでください。

伊邪那岐命はうなずき、闇の中で妻を待ち続けました。

禁忌の破り

どれほど待っても扉は開きません。
焦燥に駆られた伊邪那岐命は、髪に挿していた櫛の歯を折り、火を灯して館の中を覗いてしまいました。

そこにあったのは、もはや妻ではありませんでした。

腐りただれた身体に、うじ虫が群がり、八柱の雷神が取り憑いていました。
頭には大雷神、胸に火雷神、腹に黒雷神、陰部には折雷神、さらに両手足にも雷がまとわりつき、その姿は恐ろしく変わり果てていました。

「うわぁぁぁ――!」

伊邪那岐命は恐怖に駆られて逃げ出しました。

黄泉醜女と追跡

「私に恥をかかせたな!」
伊邪那美命の怒声が響き、黄泉醜女(よもつしこめ)たちが伊邪那岐命を追いかけます。

伊邪那岐命は咄嗟につる草の髪飾りを投げ捨て、それはぶどうの房となり、追手がむさぼり食う間に距離を稼ぎました。
次に右の角髪の櫛を投げると、それはタケノコに変わり、醜女たちはそれを食べ始めます。

それでも追撃は止まず、今度は八雷神と1500体にもおよぶ黄泉軍が迫ります。
伊邪那岐命は十拳剣を抜いて応戦し、必死に逃げ続けました。

桃の実と境界

桃の実と境界

ようやく地上との境界、黄泉比良坂に辿り着いたとき、そこには一本の桃の木が立っていました。
伊邪那岐命はその実を三つ投げつけます。

すると追手たちは恐れおののき、蜘蛛の子を散らすように逃げていきました。

伊邪那岐命はこの桃に深く感謝し、後に「意富加牟豆美命(おおかむづみのみこと)」と名を与え、人を助ける神として祀るようになったと伝えられます。

永遠の別れ

しかし最後に、伊邪那美命自身が姿を現しました。
怒りと悲しみに満ちた彼女を前に、伊邪那岐命は千引の石という巨大な岩を転がし、黄泉比良坂を塞ぎました。

二人はその岩を挟んで、最後の言葉を交わします。

伊邪那美命は呪詛を吐きました。
「このようなことをするのであれば、私はお前の国の人間を一日に千人殺してやろう!」

伊邪那岐命は負けじと言い返します。
「ならば私は、一日に千五百の人間を生んでみせよう!」

こうして人は死から逃れられぬ定めを持つと同時に、新しい命がそれ以上に生まれるという理が、この世に刻まれました。

その時から伊邪那美命は「黄泉津大神」となり、黄泉比良坂の巨石は「道返之大神」として現世と冥界を隔てる存在となったのです。

次回予告

行玄
行玄

黄泉の国での追走、そして「千引の石」での永遠の別れ。
深い穢れを負った伊邪那岐命は、阿波岐原で禊を行います。

そこから現れるのは、災厄をもたらす神々、そしてそれを正す神々。
さらに、天照大神・月読命・須佐之男命が誕生し、物語は「三貴子」の話へと進んでいきます。

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