忍坂の大室で土雲八十建を討ち、さらに大和の奥へと進む神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと)。
日向を旅立ってから、一行は幾度となく困難に直面してきました。
熊野の険しい山々を越え、宇陀で待ち受けていた罠を退け、ようやくここまでたどり着いたのです。
しかし、大和を目指すその道には、まだ越えなければならない相手が残されていました。
かつて一行の進軍を阻んだ、長髄彦(ながすねひこ)です。
兄・五瀬命を失うきっかけとなった戦いから、長い道のりを経て、神倭伊波礼毘古命は再び長髄彦と向き合うことになりました。
再び立ちはだかる長髄彦

長髄彦との最初の戦いは、神倭伊波礼毘古命が大和を目指して東へ進んでいたときのことでした。
一行の前に立ちはだかった長髄彦は、その進軍を阻みます。
激しい戦いの中で、兄の五瀬命は敵の矢を受け、深い傷を負いました。
神倭伊波礼毘古命は、日の神の御子である自分たちが太陽に向かって戦ったことがよくなかったのだと考え、進む方角を変えます。
しかし、その道中で五瀬命は命を落としてしまいました。
兄を失った悲しみを抱えながらも、神倭伊波礼毘古命は東征を続けました。
熊野で神剣・布都御魂を授かり、八咫烏の導きを受けて山々を越え、宇陀や忍坂で立ちはだかる者たちを退けてきたのです。
そして今、再び長髄彦を討とうとしていました。
かつての敗北を乗り越え、大和へ進むために。
長髄彦が守ろうとしたもの
長髄彦は、なぜ神倭伊波礼毘古命の進軍を阻もうとしたのでしょうか。
その背景には、もう一人の天つ神の御子の存在がありました。
饒速日命(にぎはやひのみこと)です。
日本書紀によれば、饒速日命は神倭伊波礼毘古命よりも先に天から大和へ降り立ち、この地に暮らしていました。
長髄彦は、その饒速日命を主君として迎え、自らの妹である三炊屋媛(みかしきやひめ)を妻として差し出していました。
長髄彦にとって、饒速日命は仕えるべき天つ神の御子だったのです。
そこへ、新たに天つ神の御子を名乗る神倭伊波礼毘古命が現れました。
長髄彦からすれば、すでに大和には饒速日命という主君がいます。
後からやって来た者に、簡単に道を譲ることなどできなかったのでしょう。
長髄彦は、ただ大和への進軍を妨げる敵だったわけではありません。
自らが仕える主君を信じ、その立場を守ろうとしていた人物でもあったのです。
戦いの中で響く久米歌
再び長髄彦を討とうとする神倭伊波礼毘古命。
この時、戦場では三首の久米歌が歌われました。
最初の歌に登場するのは、久米の者たちが育てる粟畑の韮(にら)です。
その根元から芽をつなぐようにして、敵を討ち果たそうと歌います。
続く歌では、垣根の下に植えられた山椒(はじかみ)が詠まれます。
その刺激を忘れないように、敵を討つ思いを忘れまいとする歌でした。
そして三首目には、伊勢の海の大きな岩を這い回る小さな貝が登場します。
岩にまとわりつく貝のように、敵の周囲を巡り、必ず討ち果たそうという決意が表れています。
身近な植物や海の生き物を用いながら、三首の歌が繰り返し伝えるのは、敵を討ち果たそうとする強い意志でした。
かつて長髄彦との戦いに敗れ、兄を失った神倭伊波礼毘古命。
長い旅を経て再びこの地に立った今、その決意は揺るがないものとなっていたのでしょう。
しかし、古事記は三首の久米歌を伝えたあと、長髄彦との戦いの詳しい経過や結末を語っていません。
その一方で、日本書紀には、この戦いの行方を伝える物語が残されています。
饒速日命の決断と長髄彦の最期

日本書紀によれば、神倭伊波礼毘古命と長髄彦の戦いは、容易には決着がつきませんでした。
長髄彦は、自分が仕える饒速日命もまた天つ神の御子であると主張します。
そして、その証として、饒速日命が天から授かったという天の宝物を示しました。
神倭伊波礼毘古命もまた、自らが天つ神の御子である証を示します。
長髄彦は、神倭伊波礼毘古命も天つ神の御子であることを認めざるを得ませんでした。
それでも、戦いをやめようとはしません。
長髄彦が信じてきたのは、あくまでも自らが仕える饒速日命でした。
その思いは、簡単には変えられなかったのでしょう。
しかし、饒速日命自身は違う決断を下します。
饒速日命は、神倭伊波礼毘古命こそ天つ神の御子として大和を治めるべき存在であると認めました。
そして、なおも抵抗を続ける長髄彦を討ち、神倭伊波礼毘古命に帰順したのです。
長髄彦にとって、それは思いもよらない結末だったかもしれません。
自らが信じ、仕えてきた主君によって、その生涯を終えることになったのです。
一方、饒速日命にとっても、長髄彦は単なる家臣ではありませんでした。
長髄彦の妹・三炊屋媛を妻とし、大和の地で深い関わりを築いていたのです。
それでも饒速日命は、神倭伊波礼毘古命に従う道を選びました。
大和をめぐる戦いは続く
長髄彦との戦いは、神倭伊波礼毘古命の東征における大きな転機となりました。
かつて一行を退け、兄・五瀬命を失うきっかけとなった相手。
その長髄彦の物語にも、ひとつの結末が訪れたのです。
次に立ちはだかるのは、大和の豪族である兄師木(えしき)と弟師木(おとしき)です。
長い東征を続けてきた神倭伊波礼毘古命の一行には、疲れも積み重なっていました。
大和の地を治めるまでには、なお乗り越えなければならない困難が残されていたのです。
次回予告

長髄彦との因縁に区切りをつけ、さらに大和の平定を進める神倭伊波礼毘古命。
しかし、次なる戦いでは、長い旅を続けてきた一行の疲れが表れ始めます。
それでも、大和を目指す歩みを止めるわけにはいきません。
神倭伊波礼毘古命は、残された戦いにどのように臨むのでしょうか。
神話の流れをたどる
【前回物語】忍坂の大室 ~ 八十建を討つ宴
忍坂の大室で待ち構えていた土雲八十建。神倭伊波礼毘古命は宴を利用した策を講じ、歌を合図に一斉に討ち取ります。
【あわせて読みたい】日の御子が敗れた日 ~ 長髄彦との戦い
長髄彦との最初の戦いを描いた物語。五瀬命が傷を負い、神倭伊波礼毘古命が進軍の方角を変えることになった出来事を振り返ります。
この物語に関わる神々
【神様図鑑】饒速日命とは?もう一人の天孫として大和へ降り立った神の神話を解説
神倭伊波礼毘古命より先に大和へ降り立ったと伝えられる饒速日命。その出自や長髄彦との関係、帰順に至る背景を詳しく紹介します。

